僕は今病気だけども世界はもっとおかしなことになっている。

もう何年もの間、早朝や深夜に通勤してたいので、通勤ラッシュとは無縁でいた。

久しぶりに、朝7時に車を走らせて外へでかけてみた。

平日のこんな時間に車を走らせたのは、もう20年以上前のことだった。

僕は、驚いた。もはや路上には危険しか感じない。

地方では、会社へ行くにも移動手段は車一択になってしまうのは仕方がないのだけども、こんなにも多くの大人がカリカリと運転していては、事故など起こるべきして起こっているようなものだ。

あらゆる道が整備され昔に比べれば、道幅も広く車も進みやすくなってはいるが、使う人間がこんなにも急いでいては、スピードがあがるばかりで危険すぎる。

小学生の渡る交差点には、年輩の方々が目立つ緑のジャンパーを着て、子供たちの安全を守ってくれている。

本当に頭が下がる思いがした。

昨今は、そんな良い行いでしかないボランティアにおいても、極一部において事件が起きればニュースになってしまい、批判する者が出てくる

また、それとは別に、当番制を回避できないかを悩む大人たちがいる。出なくてはいけないのですか?と。

僕たちには愛が足りない。

ひとりひとりの大人が子供たちの命の大切さに立ち返って、それぞれが安全に運転を心ざせないからこそ、そこに誰かが見守るという役目を補っていることを忘れてしまっている。

こんな危険な路上と、自分よがりな運転をする大人たちの中においても、子供たちは笑顔でルールを守って横断歩道を渡っているではないか?

僕らは、子供たちから大切な何かを学ばなければいけない。

僕は病気だけども、この世界はもっとおかしなことになっている。